2013年3月24日日曜日

センスを育む。


今日も作品作りに精を出していた。
僕にとって作品作りで最大の関門がギターソロ。
ギターソロは楽曲のなかにぽっかりと現れる何をやってもいい唯一の自由な空間である。
それ故に自分自身のセンス、美醜の感覚が試されるとても厳しい空間だ。
ライブ演奏でのインプロヴィゼーションと作品を作るときの感覚について師匠からお話を伺えたので備忘録として記しておきたいと思う。

作品作りにおいてもライブ演奏においても基本となるのはアルペジオ。
単にコードトーンを追うということではなく、コードのインフォメーションを持ったフレーズを奏でていくことが重要だ。
1、3、5、7度の順で上がるとかその逆とか、コンセプトだった音の動きをカッコいいリズムに当てはめていくのだ。
明確なコンセプトが感じられれば大きなリープがどんどん続いても整えられたカッコいいフレーズとして聞き手に届くことだろう。
ライブ演奏ではこのようにアルペジオとコンセプトでばんばん試し、攻めていけばよいと思う。
多少トリッキーであってもそれはインプロヴィゼーションならではのスリリングさにつながってよいと思う。

しかし作品作りではもっと洗練された感覚が必要となってくる。
基本となる指標はあくまでもアルペジオとコンセプトだが、1音1音のつながり、次になんの音がどのタイムでくるべきか、非常に細かく吟味していく必要がある。
反対に全体の流れも俯瞰して構成しなければならない。
これはほとんど作曲と同等の行為であり、アルペジオやコンセプトから一歩先に進んで、メロディーに対する美醜が必要となってくる。

ではその美醜はどのようにしたら育めるのか。
答えはフルサイズの人生を送ることかも知れない。
ギターだけを弾いていてはいけない。
メロディーに対するセンスを養うには歌うことが必要であり、リズムに対する嗅覚はドラムやベースを弾かないと身に付かない。
さらに音楽に限らず何を美しいと感じるか、その感覚自体を研いでいかないといけない。
美しい絵画をみる。良い写真、良い映画を観る。実際に筆を取ってみる、カメラを構えてみる。
花瓶に花をぎゅうぎゅう詰めに生けてしまうような人間が美しい旋律を構築できるとはとても思えない。

人生はとてもパラドキシカルだと思う。
一見遠回りに見えることが実は一番必要なことだったりするのだと思う。