2016年3月17日木曜日
「んなことできるか!」を乗り越える
ビートルズのプロデューサーGeorge Martin、リボルバーからチーフエンジニアとしてレコーディングに参加したGeoff Emerick
ビートルズのアイディアを、時ににはアイディア以前の無茶振りを実際の音として具現化した立役者の二人です。
マーティンはジョンの「おがくずの上を歩いているような雰囲気」にパイプオルガンのテープコラージュ逆回転で応え、エメリックは「ダライラマがチベットの山頂から説法しているような感じ」にレスリースピーカー導入で応えます。
さらにマーティンはジョンからキーもテンポも違う2つのテイクをくっつけてくれという無理難題を吹っかけられます。
普通に考えたら「んなことできるか!」です。「もう一回録れよ」と
でもマーティンはそれをやってのけます。
この話を読むと僕はいつも思うのです。
「んなことできるか!」は単なる自分自身の感想であり偏見であり固執であると。
そんなものは自分の世界を狭める害悪でしかないと。
できるかできないかはやってみないとわかりません。
できなかったらできるまでやるまでです。
きっとマーティンもできるまでやったんでしょう。
2つのテイクのキーとテンポがぴったり合うまで。
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションであるとはアインシュタインの言葉ですが、「んなことできるか!」の先に何か新しいものがあるのだと思います。
それへのチャレンジと工夫が新たな境地を切り開いてくれるのだと
そんなことをマーティンとエメリックは(もちろんビートルズも)体現したのではないでしょうか。
となれば「んなことできるか!」にいくつ出逢えるか。
それは人生の楽しみになるのではと思います。
Sir George Martin
大いなる尊敬とその作品に出逢えた感謝を込めて。